気象庁によると今年(2023年)の6〜8月の平均気温は平年を上回っており、観測史上最も暑い夏だったという。
この夏にフェスに行った人に感想を聞いてみると「FUJI ROCK FESTIVAL」(以下、フジロック)も「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」も「RISING SUN ROCK FESTIVAL」も「SUMMER SONIC」(以下、サマソニ)も判で押したように「暑かった!」と返ってくる。もちろん良いライブの思い出もあるが、2023年の夏フェスはとにかく記憶に残る強烈な暑さだった。
私個人としては、ここ数年、夏の間は週末のほとんどをフェスかオープンキャンパスで過ごす生活をしており、ずっと暑いと思っていたので、「夏フェス暑すぎる問題」がようやく議題に上がったかという気がしている。これも個人的なことだが、夏にTシャツをほとんど着なくなった。なぜかというと綿に熱がこもって暑く感じるようになったからである。機能性肌着の上に薄くて大きなサイズのシャツを重ねる方が風通しがよく、若干涼しく感じられるためフェスにもそうした服装で通っている。
ちなみに今まではフェスファッションといえば、フェスorバンドTシャツが多数派だったが、今年のフェスでは同様にシャツを着てる人が多かったような気がする。写真を見返すと遅くとも2019年にはそのスタイルに移行しており、その頃には自分の中ではかなり問題化されていたようだ。フィールドノートを見ると、とにかく暑い暑いと書いてある。「暑すぎてライブを見るどころじゃない」と思ったことは1回や2回じゃないし、PCの熱暴走など、暑さに起因した機材トラブルによる演奏中断という、今までにみたことのないシーンを何度も目にした。フェスの現場で気候変動を感じる機会は多かった。
暑さには湿度や風、そもそもの天候などさまざまな要因があるので、最高気温が暑さを示す唯一の指標というわけではないが、参考までにこれまでにサマソニが開催された日の千葉市の最高気温をまとめてみた。
開催時期が同じではないこともあり、直線的に気温が上昇し続けているわけではないが、今年のサマソニは19日が35.2度、20日が35.1度と、両日ともに35度超えでやはり暑かったことがわかる。ちなみにさらに過酷だと言われる大阪会場は19日が35.6度、20日が37.2度であった。なお、サマソニ史上で最も気温が高かった年はMuseとMetallicaがヘッドライナーを務めた2013年で、なんと38.4度(8/11)と37.4度(8/10)である。全48公演中37公演が30度を超える真夏日での開催となっている。
海外では暴動の事例も
酷暑の中フェスに行く人々の多くは、もちろん熱中症対策をしているし、こまめな水分補給も心がけているだろう。ただ今年気になったのは、「水がすぐに手に入らない」という事態である。
フジロックでは、想定外の暑さにやられ「早めに水分補給を」と思ってポカリスエット買いに行ったが、ものすごい行列になっており、それを買うのに30分ぐらい並んだ。サマソニではアリーナに水と無糖のお茶以外は持ち込めないトラップにかかってしまい、NewJeansを見るために、やむをえず買ったばかりのスポーツドリンクを一気に飲み干すことになった。それ自体も結構キツかったが、手元に水がないことに、あんなにも不安を感じたことはなかった。
「早め早めの水分補給」と言われても、それができないかもしれないという不安と、念の為多めに買ったペットボトルと共に過ごした夏だった。
ここで1999年におこなわれた「Woodstock’99」(ウッドストック)と1回目の「Coachella」(コーチェラ)のことを振り返っておきたい。やはり酷暑の1999年7月におこなわれたウッドストックは、さまざまなトラブルに見舞われ、最終的には暴動に至ったフェス史に残る悲惨な出来事として知られている。顛末の詳細については『とんでもカオス!: ウッドストック1999』(Netflix)、『ウッドストック1999 -暴力にまみれた音楽フェス』(U-NEXT)で知ることができるが、観客のフラストレーションが暴動に発展した要因の一つは、水の問題である。
来場者はまず、入場ゲートで水と食べ物を没収された。飲料水を汲むための水道は設置されていたが、早々に機能しなくなってしまい、彼らは会場内では1本4ドルで売られていたペットボトルの水を買うほかなかったが、時間の経過とともにその水すら不足しはじめた。物資の不足を背景に飲食物の値段は釣り上げられ、最終日には500ml の水1本は12ドルにまで値上げされたという。
一方で約2ヶ月後に行われたコーチェラでは、フェスの危険なイメージを払拭し、安全性と快適さをアピールするために入口で水が無料で配られた。その後、フェスが居住性を高め、居心地の良い空間として世界中に根付く上ことを思うと、この水をめぐる2つのフェスの対比は重要なターニングポイントといえるだろう。
暑さ以外にも気候がフェスに与える影響はある。とあるフェスでは6月以降に会場付近に雨が全く降らなかったので、水不足のために開催が危ぶまれていたと聞いた。
開催時期をずらせばいいという意見もあるが、そもそも夏に集中して開催される大規模フェスと差別化を図って春と秋に開催されるフェスは以前から多く、数に関していえば5月と9月に開催されるフェスは8月よりも多い。
また、秋開催には台風による中止リスクがあり、何度も泣かされているフェスも少なくない。もっとも、季節外れの台風が頻出する昨今ではフェスに適切な季節を設定すること自体が難しくなりつつあるのかもしれない。
一日中、屋外で過ごすことになるフェスは、自然や気候の変化を肌感覚で知る機会になる。環境問題は一時期フェスでよく取り上げられていたトピックであるが、いよいよ真剣に考えないといけないフェーズに入ってきたのではないだろうか。この辺りは、イギリスなどのヨーロッパで意識が高く、調査結果が公表されている。このレポートからは、気候変動はひとつのリスクとして認識されており、この問題に業界全体で取り組む姿勢が見受けられる。
日本でもフェスはこの20年で多くの人々の注目を集めるようになった。毎日のように異常気象がニュースになり、もはや他人事ではなくなってしまった気候変動について、ポップカルチャーの中心的な存在を引き受けるフェスはどのように考え、行動し、メッセージを発していくのだろうか。引き続き、汗をかきながら観察し続けていきたい。
Photo:江藤勇也
著者:永井純一
関西国際大学現代社会学部准教授。博士(社会学)。国内外のフェスをめぐり、社会との関係を研究する。著書に『ロックフェスの社会学——個人化社会における祝祭をめぐって』(2016、ミネルヴァ書房)、『私たちは洋楽とどう向き合ってきたのか』(共著、2019、花伝社)、『音楽化社会の現在』(共著、2019、新曜社)、『コロナ禍のライブをめぐる調査レポート[聴衆・観客編]』(共著、2021、日本ポピュラー音楽学会)など。
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